お侍様 小劇場

   “mommy meets honey♪” (お侍 番外編 58)
 

 一年に一度だけの逢瀬を許された恋人たちが、心待ちにしているその宵は、実を言うと日本ではそもそも雨が降りやすい頃合いでもあるのだそうで。七月初旬はちょうど梅雨明けに重なり、梅雨前線が最後の踏ん張り見せての結果、結構なお湿りを置き土産にしてゆくものだから、降らないまでも曇天になってしまう宵の何と多いことか。多難な出会いだからこそ、その悲哀が人々へも印象深く訴えるのかもしれないが、

 “どうせなら、もっと晴れの多い頃合いに構えてもらやよかったんですのにね。”

 いや勿論のこと、発祥は中国の暦で、奇数が重なるのはよくないとし、季節の変わり目、体調などへ警戒しなさいというところから始まった、五節というのの一つだってのは、重々判っておりますが。
“物語があまりに人間臭い筋立てなもんだから、でしょうねぇ。”
 物の道理というもの、大人から聞いたままにせず、一丁前にも洞察出来るようになった辺りから、憤然としつつ何でだろうかと思えてやまず。

  ……というか

 なさぬ仲の悲恋というもの、微妙に見たくはない聞きたくはないと、厭うようになっていたものだから。他愛のない昔話へでさえ、妙に気になり、ムキになってしまっていたのかも。そうだった自分へと今更 気がつき、そして“気がついた”ということは、今はそうではなくなったということかしらんと、
“…えっとぉ。////////”
 思うと同時、こそりとした含羞みが頬や口許へ滲み出すのが、照れ臭いやら面映ゆいやら。愛しの御主の精悍な姿をついつい思い浮かべてしまい、いかんいかん、私ってばこんな風にむっつりだったかな。何とか取り繕おうとしてのこと、平静を保つべく、奥歯を噛みしめようとする…ところまで。ここまでの一連の百面相へ、

 「……。/////////」

 あああ、何てまあ可愛らしいお人だろうかと。こちらはこちらで、かなり遠目から既に視野の中へと収めていたおっ母様の様子へ、ほわりとその胸、温められている次男坊。何でも出来て、何でも知っていて、幼かった自分をいつだって優しくくるみ込んでくれた遠縁のお兄さんは。その瑞々しい風貌が全く変わらないその理由
(わけ)が、それだったことを今更示すかのよに、

  ―― ときどき“天然さん”だったりするものだから。
(笑)

 昔に比べりゃ、こちらもちょっぴり大人になりつつある久蔵にしてみれば。なんてかあいらしいお人だろうかというところ、あらためての再発見をする端から、別な意味からも“愛しい人”となり始めており。

 「…あ、お帰りなさい。」
 「……。(頷)」

 さすがにここまで近づけば気がつくだろうという間合いに入り。ガードレールに腰の端っこを引っかけて、座るでなくの凭れていた七郎次が、目当ての店から戻って来た連れへ、屈託のない声を掛ける。一緒に出掛けたはずの彼らが、なのに何でまた こんな距離を置いて片やが路傍に立っていたかと言えば、
「……。」
「あ、いえその。ガソリンスタンドって、何だか落ち着けなくて。」
 威勢のいいお愛想飛び交う、給油コーナー周縁のロータリーとは別に、休憩用のスタンドバーなんぞが併設されてる店も多い昨今。彼らが乗って来た車も、そんな設備とサービスが行き届いたスタンドにて給油を受けていたのだが。その間にと車窓から見えてたスポーツ店へ、買いそびれていたバンテージ用のテープを買いに行った久蔵を追うように、彼までもが車やスタンドから離れ、途中までの道端に立っていた七郎次だった…というのがコトの経緯。一人で待っているのが何だか落ち着けなくてのことだろう、久蔵の帰りを出来るだけ速めに捕まえようと出て来ていたらしいだなんて、
「???」
 日頃、人懐っこいことで知られている、この七郎次には珍しいことよと、そこは久蔵にも不審に感じられての小首を傾げたが。後で判ったのが、彼が一息入れていたスタンドバー形式のカフェテリアへ、手が空いていた女性店員らが妙にどっと集まってしまったらしく。まま、その程度ならよくあることで、お仕事に障りませんかと気を遣いつつもいなせていたところへと、見かねたチーフ格の人が、何をしているかと雷を落とし始めたもんだから。それで居たたまれなくなっての逃げて来たらしい辺り、

  ……色男もそれなりに大変ならしい。
(苦笑)

 「?」
 「えっと…うん。それじゃあ帰りましょうかね。」

 誤魔化すつもりはなかったけれど、ここで詳細を語ったところで詮無いこと。多くを語らぬその代わり、苦笑という頬笑みにのせるよに、七郎次がその綺麗な双眸をやんわりとたわめれば、
「…。//////(頷)」
 久蔵の側には否やもなくて、二人そろってガソリンスタンドへ戻ることとなる。家事が専門であまり遠出もしない身ゆえ、気を抜くとペーパードライバーになりかねない。そんな七郎次の運転への勘が鈍らぬようにと、月に何度か、適当な理由でもって二人きりのドライブに出掛けるのが、ここ最近の彼らの習慣になっていて。ちなみに今日は、朝刊に“新装開店”という大きなチラシの入っていた、郊外型大型スーパーとやらへ。ミネラルウォーターやトイレットペーパーなど、備蓄品の買い溜めに出掛けて来ていた二人であり。前夜遅くに帰宅した勘兵衛は、寝不足はいけませんと説き伏せて、留守番にと居残して来たゆえ、久蔵にとっては願ったりかなったりの“水入らず”。歩いている道も初めての土地のそれなれど、観光地でもないせいか、特に周囲へ注意を向けるでもなくて。

  そういえば、久蔵殿の回りでも、
  そろそろ車の免許を取るのどうのという話題は出ていませんか?
  あの、兵庫さんとかいう部長さんは、
  そういうことへの関心はないのですか?
  え? 久蔵殿が取りたいのですって?
  バイクのを? あらまあ、それは初耳だ。

 寡黙な次男だからと、こちら側から何かと話しかけるのはいいとして。ほとんど何も言わぬうちから事細かに拾いあげるのは、本人のためにもならないぞと、勘兵衛からも時折クギを刺されてはいるけれど。

  ―― 判るものはしょうがない

 玲瓏透徹、鋭にして豪。雑念のないままの真っ直ぐ一途な中身の気鋭を、そのまま映したかの如く。それはそれは冴えた凛々しさ備えた青年へ、すくすくと育ってくれた彼なのが。小さいころから見守って来た七郎次としても誇らしく。寡黙なあまり、人付き合いという面へは不器用なのも此の際はしょうがない。何でもかんでもを一つ身に収納するなんてのは、所詮 無理な話なんだからと。親ばかならではな言いようを、相変わらずに通しておいでの七郎次であり。とはいえ、このごろではあの勘兵衛へさえ恐れもなくの楯突くほどなのが、

 “いや、それはちょっと考えものなんですが…。”

 むしろ、勘兵衛のほうが笑止笑止と面白がっているくらい。ともあれ、大物になりそうだという点は間違いないらしき、頼もしい青年へと育ってくれた木曽の次代様。あとどのくらい一緒にいられますかねなんて、本人が聞いたら絶対に取り乱しそうなことさえ、このごろのたまに、思うことのあるおっ母様でもあるらしく。そんなあれこれを おぼろげに思い浮かべていたその間合いへ、

 「?」
 「え? どしました?」

 不意に立ち止まった久蔵殿であり。丁度 何とはなくの想いを馳せかけていた内容が微妙なことだったものだから、ありゃりゃお顔に出てたかなと、そっちの意味からもどぎまぎ仕掛かった七郎次が、だが。

 「……あ。」

 彼の耳へも届いたものがある。よくよく耳を澄まさねば、傍らの大通りを行き来する車の送行音に紛れてしまうもの。小さく微かな声なのは、その声の主自体も小さな小さな存在だからじゃあなかろうか。か細くて頼りない、されど、一旦耳で捕らえてしまうと、何処だ何処だと探してやりたくなるような。幼くも痛々しい細い声。

 「どこだろ。…こっちからですよね。」

 七郎次の側も声をひそめて身を屈め、ガードレール沿いに植わっている、イヌツゲだろうか常緑の茂みを覗き込む。年季のたってる茂みであるようで、ところどころには子供の胸元までもありそうな高さの株が、みっしりと下枝を絡ませ合って植わっており。夏を前に近々刈り込むものなのか、新芽がそのまま伸びっぱなしのひときわ大きいのが、それが傍らにあるから後回しなのか、郵便ポストの間際にあって。
「……あ。」
 よもやと覗き込んでみれば、入り組んだ枝の奥に、何か動くものがちらりと見え隠れする。赤い紐の錯綜した底、時折、にいみいと鳴いてるそれは、

 「仔猫、らしいですね。」

 どっから入ったんだろかと、茂みをあちこちから見回した末。地面すれすれの、比較的幹の太い根方の隙間の1つ、輪っかになった組み紐の先が引っ掛かっているのに気がついた。
「そっか、リードが茂みに絡まって。」
 何処かから駆けて来て、この茂みへ飛び込んだ仔猫さん。ところが、本人は擦り抜けられたかもしれないが、引きずっていたリードが中であちこちへと絡まってしまい、ここからの脱出を引き留めたらしく。
「よぉし、ちょっと待ってておくれね。」
 と、これは中にいる仔猫へのお声を掛けると、屈んだ姿勢のまま、薄手のデニム地のジャケットの袖をめくり上げ、斟酌ないままリードがもぐりこんでた穴へ、自分の腕を突っ込んだ七郎次。

 「…あれ? おっと、ほら捕まえた。っと、痛たた、これこれ暴れない。」

 こんな場所の株にしては大きめだってだけ。大人の腕の尋でなら 易々と向こうへ突き抜けよう幅しかなかったので、その真ん中に囚われの身となっていた仔猫さんは、案外とすぐにも捕まえることが出来たけれど。
「ちょぉっと待っててね。…って、どこで外すのかな、これ。」
 絡まったリードは、当然首輪につないであるのだろう。その止め具を手探りで探し、クリップ状のをかちりと外すと、
「あああ、ちょっと待て待て、そっちは危ない。」
 拘束が解けた途端、車道へ飛び出されては助けた意味がない。こうなることを予測したか、首輪に指をもぐり込ませていたらしく、それで引き留めてのこちらへと引っ張り出した仔猫様。気持ちは判るけどちょっと待てと、四肢を地面へ突っ張っての抵抗するのを、今だけは力づくで無理強いをし、

 「ほぉ〜ら、ご対面。」

 ずぼり、引っ張り出された仔猫さんを、やはり逃げ出さないようにと、素早く両手でくるみ込む手際もお見事で。
「久蔵殿、首輪に何かついてませんか?」
 リードをつけてのお散歩なんて構えるってことは、まだあまりに幼いからか、自由気ままに外出をさせてないってことだから。このまま放したとて、この子が自力で戻れるかは怪しいと踏んだ七郎次だったらしく。迷子札なり連絡先なり、首輪に下げてやいませんかと。うにむにもがいちゃ幼い歯を立てもしの、フーッと威嚇の声を一丁前にも立ててる仔猫様。眼前へと掲げられてた格好の久蔵へ、何か見当たらぬかと訊いたところが、

  「……………………。」
  「…? 久蔵殿?」

 赤みの強い双眸は、潤みを帯びてのまだまだ真ん丸で。よっぽど手入れもいいものか、七郎次が両手にて、くるみ込むよにした小さな肢体を包む、長毛種特有のしなやかな毛並みは。まるで上等高級なマフのそれのよう。ぴこりと短い尻尾といい、ちょこり短い四肢といい、いかにも幼い風貌がなんとも愛らしい見目なれど。みぃいにぃいと鳴き続けるお声も、か細く儚く。何とかしてやりたいという、母性や父性をくすぐるそれだけど。

  この小さな彼が、
  キャラメル色の毛並みをした、メインクーンの仔猫にしか見えぬ七郎次には、
  どうして久蔵が呆気に取られたかは判っちゃいない。
  そして、

 「…二度あることは三度。」
 「?? 久蔵殿?」

 何でまた、このちょっと変わった“幼子”と、こうまでしょっちゅう縁のある自分なんだろかと。そろそろ本気で考えてもいいような気がして来た、寡黙な剣豪さんだったりもするらしい。
(苦笑)




     ◇◇◇



 ……ということは。
(こらこら)

 「久蔵〜っ、どこだ〜っ。」

 こちらさんは、その、茂みの檻に捕らわれていた仔猫様の、保護者家族にあたる方の七郎次さんが、あちこちを見回しながら、声掛けをしながらの探索を続行中。コトの起こりは、商店街の魚屋さんにて。生きのいいマグロの赤身が入ったと言われ、それを短冊に切り分けていただいてた間のこと。いつものように女将さんが預かっててくださった仔猫さん。商品へと手を出すようなやんちゃはしないが、店の奥にしつらえられてた小あがりの上、小さめの四角い水槽があったのに気がついて、

 『なんだろ、これ?』

 ……とでも思ったものか。女将さんの手から抜け出すと、そちらの方へと寄ってった。金魚や亀とかいう類じゃあないらしく、鈴虫でも入っているのか、やたらと草の詰まってる水槽だったが、
 『ああこれ、キュウちゃん、いけないよ。』
  そりゃあウチの子の観察日記の元ネタだったもの、今日にも公園の茂みへ放すことにしてるんだよと。そんな言いようをなさった女将さんの声が聞こえてのこと、どうしましたかとそっちを見やった七郎次が、あっと固まったのは言うまでもない。水槽の蓋の隙間から、いち早くの自力脱出を試みていた陰があり、そのぬめぬめとした存在こそは、

 『〜〜〜にゃああぁっっ!』
 『久蔵っ!』

 こちらさんのもまた、どんな育て方をしたやら、すこぶる大きめのカタツムリさんが、のたりと這ってたのとのご対面。周囲に魚の潮の匂いが満ちていたので、近づくまで気がつかなかったのもまた、不幸中の不幸の上塗りというやつか。最近に抱えた苦手な存在と、思わぬ格好でのご対面となったその恐慌から。後をも見ずにという駆ようで、疾風のごとく飛び出しの、いなくなってしまった久蔵を追って、おーいおーいとあちこちを覗いて回っていた七郎次だったのだが、

 「…あ。」

 不意に、ズボンのポケットへとねじ込んでいた携帯が震えた。今時分とは誰からだろか。家でお留守番の勘兵衛様は、よほどの御用でもなけりゃあ掛けてはこない。林田くんかなとあたりをつけつつ取り出したモバイルの、待ち受け画面には見知らぬ番号。何だ何だ、この忙しいのにと、ムカァッと来たそのまま、それでも頬へと機体を当てがえば、

 「はい、どちら……」
 【 にゃあっ!】

 不機嫌丸出しの声と態度で、つっけんどんにもどちら様かと先に訊こうと仕掛かったのへ。おっかぶせるよに響き渡ったのは、聞き間違えようのない仔猫の声だったものだから、

 「久蔵っ?!」

 何という奇跡があったものだろか。こうまで苛立ち、必死で探していたご本人のお声じゃあないか。さすがは伝い歩きの出来るお年頃だ、凄いねぇお電話も出来たのかと。感極まってた七郎次だったけれど、

  …………………いや、待てよと。

 ここでようやく冷静になって現実へと立ち返る。自分と勘兵衛にだけは、4、5歳の幼児に見えてる彼ではあるが、それ以外の人には、大人の手ですっぽり隠せそうなほど小さな仔猫。メインクーンの仔にしか見えぬほど、小さな小さな存在で。見えようだけじゃあなく、実際の大きさもまた、そっちの方が正しいらしいというのに。

  一体、どうやって電話を掛けて来れたのだろか?

 何が何やら、ますますの恐慌が襲い来かかっていた心持ちだったのを、それでも何とか押さえたのは立派。

 「…久蔵? 今、何処にいるのかな?」

 恐る恐るにそうと訊けば、
【 あ、ご家族の方ですか?】
 相手が代わって、今度は歴とした人声が聞こえて来た。若々しい男の人であるらしく、

 【 私、シマダといいます。
  こちらで茂みの中に搦め捕られていた仔猫を保護しまして。
  首輪にあった迷子札の電話番号へ、こうしてお掛けしたところです。】

 「あ、うわ、すいません〜〜〜。」

 あいにくと地元の人間ではないのでここが何処かの説明は難しいのですが、あのあのガソリンスタンドは判りますでしょうか。○○号線沿いの、××石油の給油ステーションにおりますので、と。比較的手際のいいご説明をくださったのへ、まるで目の前においでのような格好、ひたすら頭を下げ続け。今すぐ行きますと言い切った七郎次さんだったのは言うまでもなく。

 “よかったぁ〜〜〜。”

 ガソリンスタンドって、国道沿いのあれだよな。うわ、あんなところまで駆けてったのか、茂みに搦め捕られてたそうだけど、車道へ飛び出してなくてよかったぁと。まずは無事らしいのへと安堵して。
“…確か、シマダさんっていってなかったか?”
 まま、読むのが難しいとかいう珍しい名前じゃあないけれど。こんな奇遇もあるもんだねと、余裕が出たればこその苦笑に頬を緩ませて、目的地目がけての急ぎ足となった、うら若き敏腕秘書殿である。




     ◇◇◇



 こちら様でも、ぱたりと携帯を閉じると、
「よかったね、すぐにも来てくださるってよ?」
 その懐ろへと抱えたまんまの、小さな仔猫へと笑い掛けた七郎次。何故だか呆然としてしまってた久蔵だったのへ。どしましたか?猫は苦手でしたっけ?と声を掛ければ、

 「…いや。」

 そんなことはないと気を取り直した次男坊。首輪を見回し、小さなメダルのようなものが下がっているのに気がついて。その番号を携帯へと拾い上げ、やっとのことで連絡がついたその間。久蔵の方は方で、茂みが歯間フロス代わりにしかかっていたリードの方をほどいてくれており。改めての首輪の側の金具へと、留め具でもってつなぎ直したものの、

 「にぁんvv」

 小さな仔猫様、自分を手馴れた様子で抱える七郎次の、やさしいお手々や懐ろが気に入ってしまったか。胸元へと臥せられる格好にて抱っこされたそのまま、小さな手鞠のような頭ごと、すりすり・ぐりぐり擦り付けちゃあ、にぃに・みぃみと鳴く声も甘く、
「あはは、擽ったいですようvv」
 初見となるはずのお兄さんへ、そりゃあもうもう懐く懐く。リードでつながなくとも、もはや逃げ出す恐れは無さそうであり。そうともなると、こうまで小さくて愛らしい仔猫の所作なだけに、七郎次の側でも悪い気はせぬか、よーしよしと指先にてそっと、眉間近くや顎の下、柔らかな毛並みを梳くようにして、うりうりと擽るように撫でてやり、
「あんなに嫌がってたのが嘘みたいですよね。」
 きれいなお顔をほころばせ、見るからに上機嫌な笑顔になってしまわれる。それがただの猫ならば、そうだね可愛いねと、久蔵としてもまだ何とか同調しやすかったけれど、

 「〜〜。」
 「久蔵殿?」

 なにせ。次男坊には…どういう訳だか作用だか、その仔猫が人の和子に見えるから困ったもので。小さな紅葉のような形のまんま、ふくふくと膨れて柔らかな、白くて小さなやわやわのお手々とか。綿雲のような金の髪はふわふかで、そんな前髪の陰に透けて見えるのが、潤みの中に浅く沈めた、麗しの紅宝珠もかくやという、真っ赤な双眸の無垢な愛らしさ。柔らかそうな肌に覆われた、小さな小さな小鼻に頬に。一丁前にも先の角が立ってる口許は、甘い緋色に濡れての愛らしく。そこから紡がれる声がまた、な〜う・ま〜うという、聞かずにはおれないトーンの甘い甘い甘え声なのへ、
「はいはい、何ですか?」
 もうすぐお家の方がお越しになりますからねぇと、こちらも待ち合わせ場所へと急ぎつつ、やさしいお声を返す七郎次なのが。少々…何と言いますか、

 『よその子に母御を奪られたような顔だの。』

 帰宅後に勘兵衛から的確に言い当てられた、正しくそんなお顔になりかけの、剣豪様であったりし。だって何だか、自分は何かしてここまで嬉しいようというお顔やお声を七郎次にさせたことがあっただろうか。そりゃあ自分はどこをどこから見ても“愛らしい”というカテゴリーに収まる存在ではない。そのくらいは自覚もあるし、なれば…可愛いと思わせるなどというのは、根本的に無理な相談。大好きですよというお顔を日頃あれほどそそいでもらっていようとも、やっぱり何だか、この格差は大きい気がして収まらず。…もっとも、

 『初めてお会いした頃の久蔵殿も、そりゃあ愛らしかったですよねぇ。』

 覚えてないというか、自覚がなかっただけなんですけれどもね、そうだったってことへ。
(苦笑) 大人げないのは百も承知だが、こればっかりは譲れぬこと。本当だったら勘兵衛でさえ譲りたかないお人の、飛びっきりの“嬉しい”の笑顔。これ以上独占させておくのはやっぱり癪だったので、
「…あ。え?」
 出来るだけ強引にはならぬよに、七郎次の腕を取り。さあさ急ごうと給油ステーションへまでを、たかたか小走りに駆け出す次男坊。こぉんな小さな相手へも、そこまでの悋気をい抱くとは。おっ母様のまとう母性の魅惑の、何と絶大な威力であることか…ということでしょうかねぇ。勘兵衛様ではないけれど、先々でも思いやられる木曽の次代様の、ほのかな焼き餅にも気づかずに。小さな仔猫を抱えたおっ母様、ただただ罪のない笑みに頬を緩ませておいで。先程までの気まずさも忘れ、その戸口に七夕の笹かざりがたなびいていた、街の小さな給油ステーションまで。たかたか急ぐ昼下がりだったりするのであった。





  〜Fine〜 09.07.07.


  *せっかくの(?)シチさんの日なので、
   ウチならではな“シチ+シチ”に挑んでみましたものの、
   肝心の“シチさんとシチさんの出会い”の部分にまでは、
   お話の尺が至りませんでしたね。
(おいこら)
   だって きっとシチさん同士は、
   お互いがにていることになぞ気がつかないのでしょうし、
   島田せんせいのところのシチさんからすりゃ、
   高校生の久蔵殿とは“再会”となる間柄。
   なので、騙り
(カタリ)じゃあなくのホントの飼い主だと、
   久蔵殿が太鼓判を押してくださるに違いない。
   むしろ、とっとと引き取ってと急かすかもしれません。(大人げない・笑)


   ―― そしてそして、
      恐らくは誰もがなかなか気づかないだろ、けどでも一番の問題は


   久蔵殿がついついやきもきしちゃうほど、
   こうまでもこちらの七郎次さんへと懐いている仔猫様の様子を見るにつけ。
   もう片やの“七郎次さん”は、一体どんなお顔をすることなやら。

   『…私なんてどうせ、見分けてもらえない存在なんですよう。』

   どうせなんてゆ 卑下した言いようは、
   勘兵衛のみならず彼自身も厭う言い回しだけれど。
   ついついそれが飛び出すほどに、打ちひしがれたらどうしましょうかと。
   お話の先を読んでの、ご案じめさるな、皆々様。

向こうのお国へ → にゃあvv**

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